@daichi memo

記憶より記録

「観光客は地元民にとってコストでしかない」 ※ただし消費する者を除く 〜木曽崇『夜遊びの経済学』

地方出張に行って、夜、ビジネスホテルにチェックイン。フラッと飲みに行こうにも外はシャッター街。結局、観たくもないテレビをぼんやり眺めながら、スマホをいじりつつコンビニで買った酒を飲むくらいしかすることがない…

これ、ぜーんぶもったいない。いま、日本に足りないのは「夜遊び」ビジネスだ、と主張し、内外の事例と今後の展望をまとめたのが本書だ。

 

 

だが、夜のビジネスを振興するとなると、必ず問題に上がるのが犯罪対策だ。

そこで本書で引かれるのがイギリスの「パープルフラッグ」という取り組みで、消費者が安全に夜遊びを楽しめるよう、優良地域を認定するというもの。認定の基準には、犯罪対策、アルコールの提供ガイドラインや酔っ払い対策、交通網、地域で提供されるサービス、そして訪れる客の多様性などが含まれているという。

そんなナイトエコノミー先進国のイギリスでも、夜の経済の振興は、選挙と決して相性がいいわけではない。そこで、ロンドン市ではこの分野を担う役職として、専門の役職「ナイト・ツァー」を置いているというから驚きだ。ちなみに「ツァー」は帝政ロシアの皇帝の意味で、「Tour」ともかけている?のかもしれない。

 

そもそもナイトエコノミーを考える意義はどこにあるのか。そこには、ビジネスとして冷静に観光を捉える著者の視点がある。

人間の消費というのは街に出て買い物をしたり、何かしらの施設を利用し、サービスを享受したりという現在進行形の「人間の営み」の中にしか生まれない。実は、歴史的重要性や自然の価値など「美しい観光理念」だけを語ったところで、その先に本当に求められる観光消費にまでは、なかなか行き着かないのである。

(中略)

観光客が来るという事は、根源的に地域にとってコストである。観光客を多数誘致したにも拘わらず、そこで発生する様々なコストを上回る経済効果が地域にもし生まれなければ、観光施策はただ地域のリソースだけを浪費して、リターンを生まないマイナスの政策になってしまう。

こうした前提を元に、日本の事例として、「カワサキハロウィン」という地元と企業が噛み合った成功例と、人は集めてもビジネスにうまく結びついていない「神戸ルミナリエ」などが紹介されている。

カジノ招致を含む、エンターテイメント産業をどう地域に持続可能な形で埋め込んでゆくのか。前提となる現状認識や世界の事例を一通り押さえるのに、うってつけの書籍だと思う。

今度どこかへ泊まるとき、違う目で街を見るのが楽しみだ。

 

「さて、この街は夜にお金を落とす何かがあるかな?」と。

***

著者の木曽崇氏はカジノや娯楽産業の専門家で、Twitterでも頻繁に発言する論客だ。僕は一連の競技場問題を取材している時に話を伺ったことがある。

氏がなんども主張していたのは、上で引用した「人を呼ぶだけでは儲からない」という耳の痛いことだった。

「人が来て盛り上がりましたね、街並みが綺麗ですね、そこで終わらずに、どうやってカネを稼ぐか。公共事業も観光もオリンピックも、理念や意義みたいな綺麗事に逃げずに、ちゃんとカネのことを考えなければ、住民も商売する人も遊びに来る人も、結局みんなが不幸になりますよね」という明確な氏の主張にはただただうなずくしかなかった。

そう。意義があることだからこそ、持続可能性とカネの問題から逃げてはいけない。

だからこそ氏は「観光客はコスト」(※ただし消費するものを除く)という、あえてキツい言葉で原則を強調する。

 経済的に持続可能なエンターテイメントをどうやって都市に、地域に根付かせていくか。

 その観点で行くと、Jリーグファン垂涎の「天然芝サッカー専用スタジアム」がいかにハードルの高いものなのか、という話も氏はされていた。スタジアム、公共性、ビジネス、成熟社会…このあたりは個人的にも追い続けているテーマなのでまたどこかで。